明治開国により、欧州に文化的衝撃をもって「芸術の国日本」と名づけられ、欧州各地でジャポニズムブームを起した日本。戦前の駐日フランス大使で詩人のポール・クローデルが「日本は貧しいだが高貴だ」と言わしめた日本。
今、その気高い精神の系譜は、この半世紀の間に急激に陰りをみせ、憂慮すべき状態になっているといえます。
明治開国以来、そしてとくに戦後より、物質的充足や利便性が、「豊かさ」の指標となり、同意語になりました。経済中心の社会は拝金思想を定着させ、日本古来の豊かな精神文化はなおざりにされた観があります。
今や日本は世界がうらやむ国富を手にしましたしかし、「高貴だ」との評価はついぞ聞かれませんし、私達自身も、物で溢れる現在にあって何故か真に豊かであるとの実感がわきません。
戦後の経済最優先政策は、官主導のもと企業主体の集団主義が奇蹟とも言える経済発展を生みましたが、日本古来の精神文化にも繋がる、西欧の価値基準の中心となっている「QOL クオリティ・オブ・ライフ」の視点、本質的な「人」「個人」そのものの価値、質、生き方の向上・追求が希薄となりました。
住宅は生命・財産を守り、子孫を育てるという、人々の生活を入れ育む器であると同時に、そこに住まう人の精神文化である人格教養までも現します。
ハードウェアの充足はもちろん、ソフトウェアである「質」の高い住宅が求められるにもかかわらず、戦災復興に端を発する住宅の大量供給・コスト低減の家作りの姿勢が、数の充足がなされた現在にあっても、根本的には変わっていないとの指摘があります量から本質的な質への転換がおくれたといえます。
自分を、家族を、個人を大切にする西欧文化は、人生におけるQOLの追求のノウハウを、すばらしい住宅・空間として残してきましたそれは物質的充足と利便性ばかりを求めてきた現代の日本の住宅とはかけ離れた存在です。
人間として真に豊かで快適な生活を送ることのできる住宅、優良なストックとなりえる、世代を超えて受け継げるサスティナビリティ(持続可能)を持ち、資産価値の高い住宅――森林資源の豊富な北米の木造住宅にその一つの理想を見出せます。
ベクター株式会社は、北米の輸入住宅を通じ、豊かさの原点を見つめた住まいづくりを希求します。
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